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「君は、僕から何もかもを奪ってゆく。」

こんにちは、高橋です。
卒論提出まであと2週間を切りました。完全なる私事ですが、近々ピアノの発表会がある上に、来年からの部屋探しにも忙しいという危機的状況です。


さて、僕の卒論は、マンガ『おやすみプンプン』の作品論です。
漫画研究者である宮本先生のゼミでありながら、これまでも意外に少なかった(?)マンガがテーマです。

僕が愛して止まない『おやすみプンプン』ですが、悲しいことに同期ゼミ生の認知度が今ひとつだったので、軽く紹介します。

作者は浅野いにおさん(『ソラニン』などが有名)。2007年~2013年に週刊ヤングサンデー、途中からはビックコミックスピリッツで連載されていました。この作品一番の特徴は、主人公であるプンプンの姿です。作品自体は、写真を加工して背景に使うなど、かなり写実的ですが、プンプン(とその家族)だけが他の登場人物とは一線を画して、「落書き」のような姿をしています。これは彼が人間以外の生命体というわけではなく、私たち読者にのみそう見えるように作者が描いているというメタ的な表現です。あらすじをひとことで言い表すのは困難ですが、巷では「読むと鬱になる」という声も聞かれ、かなり人を選ぶ作品の気がします。

因みに就活中、某編集プロダクションの面接で好きなマンガを聞かれ、自信満々にこの作品を答えたら、面接官に引かれるという珍事がありました。



作者の浅野いにおさんは、何かと注目されやすく、度々メディアでも取り上げられます。『おやすみプンプン』も、何度か雑誌やマンガの専門書で取り上げられる事がありました。しかし、それらの多くは、「主人公の姿」について作者に訊ねていたり、目新しい表現を紹介したりするといったものがほとんどです。作品自体が新しいというのもあるかもしれませんが、個人的にプロの研究者が、この作品メインの研究をしていないのは考えにくいです。まだ世に出回ってないだけで、後10年もすれば出てくるもかもしれませんが、「だったら今のうちのに自分がやろうじゃないかっ!」という意気込みで卒論を書いています。



卒論は、大きく2つのパートに分けて研究を進めています。

1つ目は、この作品のマンガとしての表現方法を探る「表現論」です。
この章は、特に主人公の「プンプン」に関わる事柄を中心に考察を進めています。
現時点での、主なテーマは、「プンプンの図像が可能にするマンガ表現」「プンプン特有の同一化技法」の2つです。

前者ではまず、プンプンの「身体」についての話をしています。
ここでは、私たちがどのようにプンプンを「キャラ/キャラクター」として認識するのかという原始的な分析からはじめています。僕は、プンプンの姿を(いまのところ)「記号風身体」呼んでいるのですが、それがもたらす存在感や、リアリティ(本来の身体をどれだけ表象しているのか)の程度にバラつきがあり、作者が試行錯誤した様子や、表現が洗練されていく過程を追うこともできます。(伝わりづらくてごめんなさい笑。)
また、プンプンの身体は、途中変形して描かれたり、他の登場人物にはないマンガ的な表現(例えば、驚いて飛び上がるというような)をするキャラクターだったりするので、見所が満載です。


後者は、おそらく多くの作家が悩む、「いかに読者をキャラクター(作品)に感情移入させるのか」という「同一化技法」についての話です。マンガにおける「同一化技法」は、「主観ショット」と呼ばれるキャラクターと視線を一致させるテクニックなどが例が挙げられることが多い気がしますが、この作品は、そのような技法よりもむしろ「モノローグの効果」「豊かな内面描写」によるものが大きいのではないかと考えています。

実は、プンプンにはフキダシがなく、彼の心情やセリフは、主に三人称視点によるモノローグで表わされます。作者曰く、モノローグの書き方自体は、岡崎京子さんの影響があるそうですが、その効果には、違う点があるように感じます。ここにそ読者がプンプンに寄り添える余地があるのではないかと考えてえました。

ここでは、参考文献が見当たらないためかなり不安なのですが、マンガに出てくる「言葉」を読む時、わたしたちの脳内では、誰の声で再生されるのか、という話もしています。それは、勿論自分の声ではありますが、ある程度経験値で「こういうキャラクターはこういう声」というのが想定してはいないでしょうか。だとすると、本当の顔が分からないプンプンは……?三人称視点(ナレーション的)で語られる言葉は……??


というのが主な内容でした。

ただ、この作品にはプンプンに関わらず、他にも映像を意識したコマ割りや、デジタルを駆使した表現など、書けそうなことがまだまだあるので、そのあたりも触れたいけれど、できるのだろうか…という感じです。



2つ目は、物語の内容を現実の社会と照らし合わせるといういわゆる「社会反映論」です。これは、小説や映画などにもよく見られるものです。

『おやすみプンプン』で描かれるのは、いわゆる王道マンガにあるような「友情」「努力」「勝利」という類のものではありません。学習院大教授である中条省平さんは『マンガの論点』で、この作品の世界観を、「世界が統一性を失って崩壊している様相」というように言い表しています。

ストーリーの時代設定は、連載時期と一致していると思われますが、たとえば、評論家の宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』を参照すると、この作品に描かれる若者の社会的自己実現のなさ感は、むしろ90年代チックな気がしました。マンガ史的には、岡崎京子さんあたりが注目されていた頃で、作者の浅野さんが青春真っ盛りだったという時期になります。




……………実は、この章を現時点では思うように進められていないので、かなり必死なのですが、論考の核となるテーマは、上述のような話に加え、「死」、「家族」「性」というようなものになりそうです。

以上、長々と語ってしましましたが、我ながらかなり重い内容になっています。僕は、大学院生でもない単なる若造ですので、如何せん研究の蓄積がなく、文献の参照量が不足しているだろうし、気が利くような海外の文献を引き合いに出すというような芸当は出来そうにありませんが、若者なりの感性を活かして、伸び伸びと書けたらいいなと思います。
どうかあたたかい目で見守ってください(笑)。




次回は、Mr.カフェ西木くんです。
僕たちは、中野のキャンパスに通っているので、さぼうるやラドリオのような神保町界隈の喫茶店に行く機会があまりなかったことを残念に思います。
それでは、よろしくお願いします。
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